人生楽しく、よく食べ、よく遊び、そして減量

昨年の健康診断でデブ宣告を受け身体大改造を決意でも食べる楽しみはやめられません!!

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Hong Kong いつもの散歩コース ご紹介

f:id:dodojp:20170712194212j:image香港で生活していますと何かと便利で歩く距離が非常に短くちょっと油断をするとメタボになってしまいます。

 

普段行く散歩コースをご紹介します。

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この辺りは霧(雲の中)でガスっていることがよくあるコースです。

 

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ここは我が家から30分くらいで行けるビクトリアピークとその周辺です。雨季になるとこの辺りは殆どガスが出ていて視界不良ですが歩くには暑くなくてすがすがしいのです。

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あまり知られていませんが大都会のビルの谷間をちょっと外れるとこのような場所になるのです。

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こちらは香港島の南側にある通りの景色です。この道でビクトリアピーク近辺を1周し北側に出るとみなさまのお馴染みのある景色になります。

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この景色は

 

 

 

Hong Kong 全部がタワーマンション

香港の面積は1104平方キロメートル、これは札幌市とほぼ同じで東京23区のおおよそ2倍くらいです。ですがその75%は保護区、山々、離島になるので25%に人口が集中していることになります。人口は2016年末の香港政府統計所の資料では7375kです。

人口密度が高いために高層住宅にしなくてはならないことが理解できます。

今住んでいますマンションも56階もありますが、50階を超えるマンションは一般的です。

また一軒家というものもあるにはありますが超高級住宅になります。

 

先日プールに行くための歩いているとTST側を見た所とても幻想的な香港な景色が見られました。

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海面の雲??、霧??から高層ビルが浮かび上がっていました。

 

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よくよく考えて見ますと湿度の高い香港ですのであり得るな、と納得です。

これが雲というものですと相当水分を多く含んだ空気が低高度の部分に滞留しているのですね。

やっぱり水虫になるわけですね。

 

薬を塗らなければ.......!

 

 

大好きな香港、変わりゆく姿:2

 

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大好きな香港の朝です。いつでも活気があって皆が優しく小さな場所にたくさんの市民がひしめき合って暮らしています。

 

 昨日に続き香港について書きます。

返還20周年ということで習近平が来香し、ものものしい雰囲気で返還記念日を迎えました。

習近平をみると2014年の黄色い傘運動と、政府の力による鎮静化を思い出してしまい中国化を加速する決定打となってしまい、それで香港の将来が見えてしまったように感じます。

 

今回、習近平が香港に姿を現したことでその嫌な予感が現実化したように思えてしまい、当時を振り返って書き込まずにいられなくなってしまいました。

 

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これはモンコック市街のネイザンロードです。

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当時彼らの活動を目の当たりにしましたが学生側は至って冷静に、暴力的行為もなく講義を行なっていました。

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見ていただくとわかるのですが10代後半から20代前半の学生側を鎮圧するのに権力者でありますところの警察はものものしい装備で人並みをかき分け道路を守っていました。

この辺りは香港の大動脈のネイザンロードで学生側に占拠されていたために車の通行もできず経済活動への影響も大きかったために、警察も全力で守ろうとしていることが感じられました。

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モンコックエリアはチムサッチョイに続き早期に道路封鎖が鎮圧されましたがセントラル、コウズウエイベイは長引いていました。

こちらはコウズウエイベイです。f:id:dodojp:20170710215304j:image

ちょうどそごうデパートの前あたりでした。

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学生たちはこれまで他の資本主義の国々同様、イギリス統治時代の教育の影響もあり自由、行動の自由、言論の自由を我々と同様に普通に規制なく保証されていましたが突然共産党の圧力で多くを規制されることに対し当たり前に自由の剥奪に対し拒絶しただけです。

こんな時代に逆行した制度に香港の人々が順応できるとは思いませんが最後は圧力で、ということになるのでしょうか。

 

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大好きな香港です。是非、その優秀な頭を使って自由を勝ち取ってもらいたいです。

頑張れ!!

 

 

 

 

香港がますます中国化

f:id:dodojp:20170709224256j:imagef:id:dodojp:20170709224214j:imageここ数年、いやいや97年の香港がイギリスからの返還後中国化がかなり進んでいます。ここ最近は更に加速しているように感じています。

しかし英国が1997年に香港を中国政府に返還した際、中国は「一国二制度」の下、高度な自治を認めると約束。独自の法体系や複数政党のある限定的な民主政治、集会や表現の自由なども保証した、はずでしたが、、、、、、???

 

 中国化を感じる現象として、日常生活では街に本土から来た観光客でなく在住している人がとても多くなっています。

私の住んでいるマンションの中にも相当の本土から来た人が見受けられるようになっています。通常香港人は広東語を話しますが今では至る所で普通語が聞こえてきます。

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2014年に香港の大学生が2017年香港特別行政区行政長官選挙における中国全国人民代表大会常務委員会からの決議の抗議(決議では、指名権の開放や立法会構成の改革が否決された)のため、セントラル、金鐘、コーズウエイベイ、チムサッチョイ、モンコックの道路を占拠して抗議活動を行いましたが最終的に政府の圧力に屈してしまいました。

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 写真をみるとよくわかるのですがf:id:dodojp:20170709224430j:image

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この抗議活動の参加者は大半が教養のある学生で、彼らは単に中央政府から指名された議員を選出するという選挙を拒否し、自由な普通選挙を求めたに過ぎなかったのです。

しかし共産党一党独裁の本土の中央政府からすれば香港での普通選挙を認めるわけにはいかないのでしょう。大陸内での共産党独裁体制に影響が及ぶのを恐れていることが背景にあるからです。返還時の公約である50年間の現状維持などはお構いなしに締め付けが増してきているのは確かに、特にここ最近は感じられるようになりました。

教育面でも香港の公用語だった英語は今では徐々に話せる人が減ってきていて普通語の普及が、特に97年以降の教育を受けた若い世代に顕著に見られるようになりました。

事実、子供の通っていたイギリス系のインターナショナルスクールでさえも北京語が週何時間かの必須科目となっていて政府からの押し付けがPTAでも取り上げられ問題となっていました。

 

最近はセントラルの日本領事館のある近くの横断歩道に慰安婦像が右寄りの方々により7月7日の盧溝橋事件に合わせ設置されました。

親日派の多い香港ではありますが大陸的思想の右派も活動を広げるようになってきていて尖閣諸島の問題もあり油断できない雰囲気が広がってきているように感じています。

最近久しぶりにデューティフリーショップに行ってみたところ以前は日本人観光客が多かったこともあり、多くの店員は日本語で話しかけてきましたが今では日本語もほぼ通じなくなっていて普通語で話しかけられるようになっていて時の流れを感じました。

 

最近話題になりました反共産党の書物を販売していたコウズウエイベイの書店のオーナーが香港から拉致されたり、新聞、テレビなどマスメディアもいろいろと制約をかけられているようで自由な報道、中央政府への批判的な言動もできなくなってしまい、一国二制度の香港を今年返還20周年を迎え一国一制度化へ突き進んでいる、進まされているのがよくわかります。

 

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このほど習近平が訪問し独立はさせないと発言したりと強行姿勢が以前より増しているように感じます。

 

大変に残念ですが言論の自由が制約され、スピードを早める中国化を止めることはもうできないのではと最近は特に感じています。

 これまで大好きで人生の半分以上を過ごした香港ですが中国化(共産党化)の波が押し寄せてきていてここでの生活もそろそろ限界に近いかな 、と感じています?

香港人の考え方が羨ましい

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うわー、ランボルギーニ!!

 

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もーいっちょ、フェラーリだ!!

この色、いーでしょ〜〜!!

香港には億万長者がわんさかいます。

車を乗るのに人がどう思おうが関係ありません、目立てばいいのです。

下取り価格なんて気にしません。お金は使い切れないくらいあるのです。

そんな車が香港にはあふれています。ショキングピンクのベントレーもアストンマーチンも走っています。

 

いーな、いつかはこの香港人みたいな、そう考えられるようになれるよう頑張らなくては。

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この写真、ミニカー、プラモデルじゃありませんよ!!

 

Islanders 学校の生徒の呼び名がカッコいい

チョット前に(更新をサボっていたのでもう10ヶ月も前になってしまいましたが)なりますが我が子の卒業式について記憶が薄れる前に書いておこうと思います。

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学校の名前はIsland schoolでイギリス系のインターナショナルナスクールで教師は大半がイギリス人で生徒も同様イギリス人のとても多いい学校です。

昨年我が子も無事卒業しましてイギリスの大学に入学が決まり今年入学予定です。

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この写真は卒業式後にピッチでパーティが行われ先生、生徒も父兄も一緒にシャンパンでお祝いをしている風景です。

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日本の高校で卒業式の後生徒と先生が一緒にシャンパンを飲むなんてないですよね?

学校は香港島のミッドレベルにあり、香港の最後のイギリス人パットン総督の子女も通っていた学校です。

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この学校の卒業生の進路はイギリス、オーストラリア、カナダ、アメリカの大学に旅立つ生徒が大半で 大半が香港を離れますが毎年クリスマスは香港に戻って夜な夜な集まってパーティをしているようですので先が思いやられます。

 

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卒業式はというと日本の卒業式のようのしんみりということは程遠く、笑いと歓声でコンサートにでもきたようにとても明るい卒業式でした。こういう場面で日本人だと泣く子もいますが文化の違いでしょうか、とても明るい雰囲気の中で行われ、お別れでなく旅立ちということのようです。蛍の光とか校歌斉唱なんて全くなく先生と生徒の笑いの思い出話などで式は進行して行きます。

自分もこんな学校に通いたかったなー、と考えさせられます。

後は子供の同級生は髭ズラの子、化粧した子もいてとても高校生に見えないのが日本と違うところです。

なんか皆が明るくて羨ましかった!!

 

 

 

ヨーロッパの香りのする照明

家の中を整理していましたら30年近く前に購入してから使っていなかった懐かしいものが出てきました。

まだドイツが西と東に分かれていた頃にドイツに住んでいましたときにあまりに綺麗だったので衝動買いをしたのを覚えています。

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 早速近くの電気屋さんで電球を買ってつけてみました。

30年前にタイムスリップし当時の状況がフラッシュバックし今もその時間の中にいるかのような、昨日今日のように思えてします。

このスタンドランプを買ったWurtzburgというロマンチック街道の始まりに位置する街でした。

住んでいた街はそこから20kmくらい離れた小さな街でした。当時、金曜日の3時に仕事が終わり休暇になりましたが土曜日、日曜日は商店が空いていないためにお店が閉まる5時までの2時間に食料品の買い出しが必要でスーパーマーケットへ猛ダッシュしたのをおぼえています。

時々は住んでいた街からこのスタンドランプを買った街に食料品以外の衣料品、他生活必需品を買いに出かけていました。

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この辺りの街は中世の面影を多く残すとても風情のある歴史的な街でした。

そんな記憶がこのランプをみているとまるでつい最近、先ほどかと思うくらい鮮明に蘇ります。

今ではこんな素敵なランプにはお目にかかりませんね。